本ブログは、通常デジタルマーケティングと技術の複合領域について取り扱っているのですが、今回は少し異なる趣旨の記事となります。本記事では、デジタルマーケティングとも技術とも異なる「教育論」的な内容が主題となっており、自身が普段仕事をする中で思考したもののアウトプットとなります。
中等教育とは何か
日本の教育制度は、「初等教育」「中等教育」「高等教育」に分かれています。このうち、「初等教育」は小学校にて、「中等教育」は中学校と高校にて、「高等教育」は大学(学部・修士・博士を含む)や専門学校が担当しています。
中等教育の中には、義務教育にあたる「中学校での教育」と義務教育にはあたらない「高校での教育」に分類されます。また、高校での教育には、高等教育(大学教育)の基礎となる普通科と、工業や商業などの専門分野の基礎を学ぶ専門学科に分類されます。本記事では、主に高校での教育で、さらに普通科での勉強内容に対して考えていきます。しかし、中学校の教育が基礎となり高校の教育が成り立っていることは念頭に入れて読み進めてください。
中等教育に対するよくある疑問
勉強をしていると突然と「この勉強を行って、将来何の役に立つの?」と思うことは多くの人が経験していると思います。子供がいる人は、自身の子供に同じことを聞かれ、答えに困ってしまったという人もいるのではないでしょうか。誰しも、子供の頃に成績が伸び悩むとこのような考えに行き着いてしまうでしょう。
実際、高校で勉強した「三角比(sin, cos, tanなど)やその周辺の公式」「微分や積分」といったものを直接仕事で使っている人は、100人に2〜3人でしょう(デジタルマーケティング周辺で仕事をしている人に限定すれば、10,000人に2〜3人もいないかもしれません)。ほとんどの人は三角比や微分・積分を忘れているのが現実であり、それでも仕事で高いパフォーマンスを発揮できているはずです。自分自身も、三角比や微分・積分を仕事で使うことは、年に1〜2回くらいしかありません。
しかし、それでも中等教育の勉強はきちんとするべきであり、それは「良い大学に合格し、良い会社に就職すること」以上に大きな役割があると考えています。
中等教育の本当の価値
自身の中等教育を振り返ると、数学や物理・化学といった理系教科を得意としており、国語(現代文・漢文・古文)や英語・地理歴史といった文系教科を苦手としていました。特に数学を得意として勉強していたので、このセクションでは「高校で学んだ数学がどのように仕事に役立っているのか」を考えていきます。ここでは数学で考えていますが、おそらく同じような考えを他の教科にも適用できるはずです。
我々は中等教育の数学から何を学んだのか
「数学を勉強することで将来何の役に立つのか」という問いに答えるには、まず「我々は中等教育の数学から何を学んだのか」を考える必要があります。そして、「数学から何を学んだのか」という問いに対して、「三角比周辺の定義や公式を学んだ」「二次方程式の解を見つける方法を学んだ」「大学入試で出てくるような複雑な問題の解き方を学んだ」といった具体的な例ではなく、これらに共通した抽象的な答えを考えていく必要があります。それは具体的な例では、応用が効きにくいのが理由です。
我々が数学を勉強する中で学んだことを抽象的にまとめると「現在置かれている状況を整理し、さまざまな考え方を組み合わせて、目的地までの道筋を立てる力を養うこと」だと思っています。短くまとめるなら「論理力」という言葉が当てはまりますが「論理力」では解釈が人によって異なる可能性があるため、敢えて長い文章で説明しています。
数学の問題を解く時には、複雑な問題文からさまざまな条件(明示的に書かれていることも、明示的に書かれていないことも含めて)を整理します。そして、何らかの仮説を立てた上で、公式や定理、論理を駆使して、正解まで進んでいきます。正解に向かっていくフェーズでは、「複雑な状態をよりシンプルに捉える」「論理と命題(逆・裏・対偶など)や背理法、数学的帰納法といった論理を展開する数学的テクニックを利用する」などの手段が使われます。
例えば、「x^4 + 2x^3 + 3x^2 + 2x + 1 = 0」という方程式の解を求める問題を考えてみます。この問題を解くには、両辺をx^2で割ることで「x^2 + 2x + 3 + 2/x + 1/x^2 = 0」という方程式に変換することができ、「t = x + 1/x」と置き換えることで、この式は「t^2 + 2t + 1 = 0」が得られます。両辺をx^2で割った上で、t = x + 1/xと置き換えるという操作を加えることで、4次方程式という複雑な問題を2次方程式というシンプルな問題に置き換えることができているわけです。2次方程式であれば、解の公式を学んでいるため、tの値を求めることができ、それにより、xの値を求めることができるようになります。
全く別の問題で、「命題"2つの整数の積が偶数であれば、そのどちらか少なくとも一方は偶数である"を証明せよ」という問題を考えてみます(注: 命題とは、客観的に正しいか正しく無いかを判断することができる文章を指します)。これを解くには「対偶」を考える方法があります。「AならばBである」が正しければ、その対偶である「Bでないならば、Aではない」も正しいという性質があります。もとの問題の対偶は「2つの整数がどちらも奇数であれば、2つの整数の積は奇数である」となり、これが正しいことは簡単に示すことができます。
上で紹介したどちらの問題も、複雑な状況をよりシンプルに捉えるために、論理を展開してきました。このように、我々は数学の勉強をするなかで「現在置かれている状況を整理し、さまざまな考え方を組み合わせて、目的地までの道筋を立てる力を養うこと」を行っていたのです。
これらは普段の業務にどのように活かされているのか
ビジネスにおいても、現在置かれている状況と、ゴールとなる目指すべき状況が設定されています。ゴールは上司とすり合わせて設定するケースもありますし、そうでない場合でも自身で仮置きするなどして何らかのゴールを定めていることがほとんどです。プロジェクトごとにゴールは異なることもありますし、1つのプロジェクトに対して複数のゴールがあることもあります。ビジネスにおけるゴールだけでなく、「自分の人生におけるゴール」も同様のはずです。
そして、現在置かれている状況と、ゴールとなる目指すべき状況のギャップを埋めるためにさまざまなアクションを行っていき、ゴールに近づこうとします。もちろん、正しいアクションを取ることができれば、ゴールまでの距離が短くなり、誤ったアクションを取ればゴールまでが遠のいていきます。
ビジネスにおいて、現在置かれている状況は非常に複雑です。情報の中には明らかに自明なものもあれば、奥深くにあり誰も気づいていないこともあります。ゴールにいくために必要と思われる情報が手元に揃っていないケースもあります。また、社会情勢やビジネス環境の変化により、変わってしまう情報もあります。こういったさまざまな情報をきちんと捉えることは非常に難しいことです。しかし、我々は中等教育の数学で複雑な情報を整理し紐解いてシンプルに捉える術を身につけてきました。また、「背理法」「論理と命題」「帰納法と演繹法」といったいくつかの領域は採用すべきアクションを決めるための思考の手助けをしてくれます。
このように、中等教育で行ってきた数学の勉強は、ビジネスで仕事をする上で必要なスキルと結びついていたのです。
社会で求められる力はどのように培うことができるのか
考える前に答えをみる勉強方法は良いのか?
Youtubeやドラマ、書籍、Webサイトの記事などでさまざまな勉強方法が紹介されています。その中でよくみる勉強方法に「問題文を読んで、解き方が分からなければ、考える前に答えをみて解き方を理解・暗記する」というものがあります。
有限の時間の中で大学入試で問われるような問題をより効率よく解けるようになることを目指すのであれば、この方法はとても良い方法に思います。しかし、このやり方では、自身の「考える力」を身につけることができません。大学入試では、限られた時間の中で効率よく問題を解くことが求められますが、ビジネスの場では(やっている仕事や役職によっても異なりますが)「答えが分からない問題に対し、きちんと考えゴールまでの道筋を立て、ゴールに導くこと」を求められることもあります。そして、この傾向は、より高い役職の仕事を行うにつれ、重要度が増してきます。
「問題文を読んで、解き方が分からなければ、考える前に答えをみて解き方を理解する」という方法では、「きちんと自分の頭で考える」力が身に付かないと考えています。自分の頭で考える力は、難しい問題に対して、いろいろな解法を試行錯誤しながら長い時間腰を据えて取り組むことで身につけることができるものです。
「中等教育は大学入試を合格するための学習である」という前提に立って考えれば、先述したやり方で構わないと思います。一方で、「中等教育は、社会に出たときにより良い仕事をできるようになるための準備」と捉えると、最適な学習方法は変わってくると思います。つまり、ゴール設定次第というわけです。
もちろん、勉強のフェーズや目的によっても変わってくるので、「このやり方が絶対的に正しい」というものは存在しないと思っており、勉強のフェーズや目的設定に合わせて適切な勉強法を組み合わせていくことが求められます。
予習と復習はどちらが良いのか?
勉強の中には問題を解くだけでなく、学校などでまだ習っていないことを自ら勉強する「予習」と、学校などで一度習ったことを定着させるための「復習」の2つがあります。「予習」よりも「復習」に時間を費やすべき(場合によっては「予習」はやる必要はない)という意見を見ることが多くあります。
これも実際の仕事現場で考えてみます。
「復習」が有効なケースには例えば「会社独自の運用ルール」や「入社時・部署異動時に行われる一括研修」などがあります。「会社独自の運用ルール」は予習しようにも予習することが難しいケースが多く、また「入社時・部署異動時に行われる一括研修」は入社・部署異動時の知識ラインから、業務を行う上で必要最低限の知識ラインにもっていくための研修となっており、「復習」を重要視するのが良いでしょう。これらに共通しているのは、「既存社員や上司などから教えてもらう」機会が用意されている点です。
一方で、「既に業務を行う上で十分な知識を持っている人が、さらなる知識を獲得するために行う学習」は「誰かから教えてもらう」ということができないことがほとんどであり、「自ら情報を探して学ぶ」という姿勢が重要になってきます。この「自ら情報を探して学ぶ」という姿勢は、中等教育に当てはめると「復習」ではなく「予習」に該当します。もしくは小学生の頃にやった夏休みの自由研究に似ているかもしれません。
そして、デジタルマーケティングの世界は、変化が激しく、1〜2年前に学んだことが変わってしまっていることもよくあります。また、新しいものも次から次へと出てきます。こういった、「変化」についていくことができるのは、「自ら情報を探して学ぶ」という姿勢が重要であり、「自ら情報を探して学ぶ」体験を中等教育では「予習」という形で疑似体験していたと考えることができます。
中学生や高校生のころに「予習」していた人は分かる人も多いと思いますが、教科書に書かれているものを1回読んだだけでは理解することができず、難解なテキストや数式を読むのに難儀していたのではないでしょうか。そのような苦労を乗り越える術を身につけてきた人すると、デジタルマーケティングなどの変化が激しい業界で、変化の波に乗るのも苦労なくできていると思います。
つまりは、効率よく学習を進めるために重要なことは「復習」であるが、それだけが全てではなく、社会に出てからも使える(かもしれない)スキルを身につけることを考えるならば、「予習」にも力を入れてみるのが良いと思っています。
本記事のまとめ
我々が中等教育で学んできたことは、実はその奥底で普段の業務に活きているはずだ、ということを長々と書いてきました。本記事では、数学に絞って説明してきましたが、同じような基礎スキルは数学だけでなく、「国語」「理科」「地理・歴史」「英語」などのそれぞれの教科で培ってきたものであり、それぞれの学習が今活かされているのだと思います。
そして、中等教育で行ってきた勉強の根底にある基礎スキルは、普段の業務に活きているはずですが、これを実感することは本当に難しいことです。しかしながら、それらは決して無駄にはなっておらず、間接的に役立っていると思います。